はじめに


 昭和58年6月13日に愛知県警の手によって逮捕されて以来、私は2年3か月あまりの時間を留置場と拘置所で過ごしてきました。もちろん現在も名古屋拘置所での生活を余儀なくされており、この先何年ぐらい拘置所生活を強いられるのか、見当もつきません。

 改めて言うまでもなく私は一介のヨットマンです。そして、戸塚ヨットスクールで情緒障害児を相手に教育実践を続けてきた一市民であります。そんな私が検察・裁判所に親の敵(かたき)扱いをされるとは夢にも思っていませんでした。

 私は被告の立場に置かれるまで、検察・裁判所に対しては学校で習った程度の知識とイメージしかありませんでした。戦前とは違って、新憲法下では被告の人権が保障され、民主的な裁判が行われている、と思っていました。マスコミ報道でいくつかの冤罪事件があることは知っていましたが、それらは終戦後、間もない混乱期の事件であり、例外中の例外だと考えていたのです。今になってみれぱ、なんと自分が脳天気であったかと悔やまれてなりません。

 現実に被告の立場になってみて、愕然としました。昭和60年の現在、検察・裁判所の内側には反民主主義の影が色濃く残っているのです。被告人の人権など一顧だにされていません。刺身のツマにさえなっていないのです。

 「権力は必ず腐敗する」、これが民主主義の基本理念の一つであるはずです。したがって永遠の絶対権力があってはならず、権力は民意によってチェックされねばならず、必要ならいつでも権力者を交替させることが可能でなくてはなりません。

 ところが「民主主義国」日本においては、立法を除いてこの権力の交替性が有名無実になっているのではないでしょうか。司法は聖域、という言葉はまさにそれを表していると思われてなりません。

 権力者性悪説に基づいた民主主義という制度が、権力者性善説の伝統のある日本に採用されたのですから、幾分かはしっくりいかないところがあるのは仕方がないとしても、刑事裁判においては、問答無用の絶対権力から生じる弊害があまりにもひどすぎるのです。

 「お上に逆らう不届き者」「お上にもお慈悲があるぞ」、こんな時代錯誤の理屈を刑事裁判に持ち込まれては、たまったものではありません。しかし、私が身をもって体験している現実はこのアナクロニズムで動いております。判決文によく見受けられる「本人も反省している」という一文は何よりもこれを明確に示していると思われます。

 ここで春日一幸氏の衆議院議長に対する質問主意書を引用してみます。

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《被告人の拘留・保釈等に関する質問主意書

 右の質問主意書を提出する。

   昭和六十年四月十三日   提出者 春日一幸

 衆議院議長 坂田道太殿

   被告人の勾留・保釈等に関する質問主意書

 戸塚ヨットスクール事件の被告らの勾留が極めて長期化するに伴い、月刊誌『文藝春秋』3月号には、「この勾留は拷問の代用ではないのか」と題した石原慎太郎氏の批判的見解が掲載され、また月刊誌『現代』5月号には、「600日の不法勾留に抗して」と、その情況を切々と綴った戸塚被告の手記が公表される等、マスコミが改めてこの問題を取り上げるとともに、市井の常識は、これは余りにも長きに過ぎ、過剰な身柄拘束ではないかと一般的に不審感を抱くに至っている。

 従って、この事件に対しそれが果して傷害致死、監禁致死であるのか、あるいは業務上過失致死であるのか、それとも冤罪であるのかどうか、公正な刑事訴訟手続により一日も速やかに厳正な裁判が下され、世人の疑惑が一掃されることが期待されている。

 ところで、勾留による身柄拘束は人身の自由に対する著しい制約であり、強制処分の最たるものであるから、刑事訴訟法における勾留・保釈に関する規定は、憲法が保障する基本的人権尊重の観点等から、努めて慎重にこれを解釈、適用する必要があると考える。

 ついては、左の諸点につき、政府の見解を承りたい。

  1.  わが国は1976年に発効した国際人権規約を1979年(昭和54年)に批准し、同規約は同年9月21日からわが国に対しても法的効力を持つようになり、わが国としてはこの条約を誠実に遵守することを必要とされるに至っている。
     従って、同規約の「B規約」(市民的及び政治的権利に関する国際規約)に抵触するおそれのある刑事訴訟法等の規定については、わが国としてこれを速やかに改正するか、あるいは現行法の下においてもできる限り「B規約」の精神と趣旨を尊重してこれらの規定を解釈、適用すべきであると考えるかどうか。

  2.  「B規約」14条2項には「刑事上の罪に問われているすべての者は、法律に基づいて有罪とされるまでは、無罪と推定される権利を有する」と規定しており、わが国においても刑事訴訟法上「無罪の推定」は自明の理とされているところである。
     従って、裁判所の基本姿勢としては、勾留による身柄拘束は人権保障上努めて慎重を期するとともに、身柄を拘束した場合にはできる限り早期に保釈措置を講ずることが肝要であると考えるかどうか。

  3.  「B規約」9条3項には、「裁判に付される者を抑留することが原則であってはならず、釈放に当たっては、裁判その他の司法上の手続のすべての段階における出頭(中略)が保証されることを条件とすることができる」と、被告人の勾留・保釈に関する原則を明記している。
     ところが、刑事訴訟法89条は権利保釈制度を設けているが、しかしこの制度には大幅な除外事由が設けられ、その実態は言わば例外的保釈制度になっている。また、刑事訴訟法91条は不当に長い拘禁について義務的保釈の規定を設けているが、しかし何をもって不当に長い拘禁と認めるかにつき何らの基準を明示していないので、保釈の決定につき不均衡を生ずるおそれなしとしないであろう。
     よって、上記「B規約」9条3項に明記する勾留・保釈に関する原則にかんがみるときは、罪証隠滅のおそれ等の除外事由があり、あるいは不当に長い拘禁にあたらないときでも、刑事訴訟法90条の職権保釈の規定を運用して、裁判所は裁量による保釈をするよう努むべきであると考えるがどうか。
     なお、この場合においても、罪証隠滅の点については、保釈決定の際、事案に応じて罪証隠滅のおそれ及びその防止という面を考慮して保釈保証金額を決定し、保釈の取消し及び保証金の没取という威嚇により、これを防止することもできると考えるがどうか。

  4.  憲法(38条1項、2項)及びこれを受けた刑事訴訟法(311条1項、319条1項)は、黙秘権を規定するとともに、自白の証拠能力について強制、拷問、脅迫による自白又は不当に長く抑留、拘禁された後の自白はこれを証拠とすることができないと規定している。しかるに、刑事訴訟法における勾留制度が罪証隠滅のおそれを理由として被告人の自白を得るために濫用される事例がしばしば見られ、憲法及び刑事訴訟法の規定の趣旨を没却するとともに、これが誤審や冤罪の原因となっていることが少なくない。
     検察官は被告人と利害相対立する当事者であると同時に、公益の代表者として被告人の有利になっても公正に行動すべき国法上の義務があるものであり、また裁判官は憲法上その良心に従い独立してその職権を行い、裁判に当たっては公正無私を信念とすべきものであるから、以上のような事態が絶対に発生しないよう、それぞれ最大の努力を尽くすべきであると考えるがどうか。
 右質問する。》

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 私たちの言いたいことをまことに適切に言い表してくれております。国際人権規約を批准したのは、それが良いことであり、必要だからでしょう。しかし現実の刑事裁判は、ますますそれに逆行しています。刑訴法の全く都合のよい解釈をし、原則を無視し、例外を原則にしてすましている検察、そしてそれをとがめもしない裁判所、マスコミそして国会。憲法に反する法解釈などあり得ないはずなのに、それが大手を振ってまかり通っているのが現状なのです。

 権力の腐敗を防ぐために権力同士が互いに目を光らせて、牽制しあわねぱならぬのに、ロッキード裁判に見られるように、立法、行政、司法、マスコミが協力しあって被告に君臨する異常さです。

 個人と国家のけんかでは始める前から結果はわかっています。そのために刑事裁判では検察に手かせ足かけをはめ、できるだけ被告が対等に闘えるようにしています。法律の精神と条文はそうなっています。裁判官の役目は、検察がこの法律に反していないか、その上で言い分が非の打ちどころなく信用できるかをチェックすることであり、決して被告をチェックすることではありません。そのために司法が他の権力から独立しているのでしょう。ところが、現実はこれがまったく逆になっています。

 最近、検察の職員がその地位を利用して詐欺を働くという事件がありました。その判決文の中で裁判長は「検察が営々として築いた権威を壊しかねない犯行だ」と憤っていましたが、裁判所が「検察は信頼できる」と思ってしまっては、初めから裁判にならないわけですが、これが日本の裁判官の本音なのでしょう。

 被告は最終的に刑が確定するまで無罪の推定を受ける権利を有しています。しかし日本ではこれもまったく有名無実、検察の気に入る自白をし、法廷で罪を認める、つまり無罪の推定を自分から捨てると釈放され、私たちのように被告の当然の権利を主張すると拘置が続くというまったく逆のことを検察・裁判所が一体となって平然とやってのけております。

 刑事裁判はその国の文化程度を現すといいますが、残念ながらこれが日本の文明度なのでしょう。日本を野蛮国にしているのは裁判官にほかなりません。

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 本書は、わが身に降りかかってきた反民主主義的なるものとの闘いの記録です。驚き、怒り、嘆き、笑った体験記であります。その意味では私個人の枠を越えたものではありませんが、万が一、読者の皆さんが被告の立場に置かれたならぱ、私を見舞った運命が皆さんの上に確実に繰り返されるに違いありません。被告になることなく一生を終える人々にとっても、醜悪極まりない絶対権力が、日本国民すべての頭上高くそびえている事実は抹消できないのです。

 本来ならば、情緒障害児問題や教育制度についての文章を書くことが獄中生活を続ける私の責務です。しかし、本の性格上、少ないスペースしか割けませんでした。けれども、私がヨットマンに戻り、ヨットスクールを再開する自由を得るために、私は当面の敵と闘い続けなくてはなりません。

 私は、いま煉獄の中にいるのだと思っています。煉獄の苛酷さに耐え、それを突き破って、生徒たちの待つヨットスクールでの新しいスタートを熱望しています。

昭和60年9月

著者