2003年6月20日(金)    合宿所便り―その17―

静かな雨の朝。海も静かに漁船を浮かべ、何もかも止まったよう。ただ合宿所の1階からは、きりりとした号令の声が聞こえ、一日の始まりを告げています。

さて先日の体操練習の成果はいかにと見ていると、残念ながらほとんど元に戻っていて、まったくガッカリさせられました。ヨガも然り。ほんの少し手足を伸ばしたり、体をねじっただけで、あちこちから「痛〜い」とか「うっ」とかいううめき声が聞こえてきて、ついおかしくなってしまいます。みんなとても体が硬いのです。

午前中は校長先生のビデオ。時間が経つにつれ、次第にだらしのない格好になってしまう田口君(31歳、元引きこもり)、秋吉さん(中2、女、不登校)。他のみんなも、人の話を聞くのが苦手のよう。だらけるたびに注意を受けます。

お昼ご飯を食べていると、なんと林君(32歳、家庭内暴力)がお代わりをしています。「夜はご飯大盛りにして下さい」――林君、急に空腹を感じるようになったのでしょうか。よく食べます。そして、だいぶん体が動くようになりました。初心者用の大きなボード、以前は2人掛かりでないと持てなかったのに、今は1人で平気で持っています。

午後、みんなはウインド。秋吉さんは私と半田養護学校へ。脳性マヒなどの肢体不自由児のクラスのお手伝いに行きました。お手伝いと言っても単なる交流会のようなもので、ご父兄は、私達が肢体の不自由な子供達に関心を持って接するだけで喜んで下さいます。

ほとんどの子は0歳〜1.2歳の知能、運動能力のまま年齢を重ねています。だから、話すことはおろか、歩くことも、立ち上がることも、寝返りをうつことさえもできない人がいます。車椅子に座ることもままならず、お母さんが抱っこしています。ここでは、いつもご両親と先生方の熱意に心を打たれます。

合宿所に帰ると、みんなウインドの道具を片付けるところ。開放的な海、日焼けした、逞しい男の子達。養護学校から見ると、ここには問題などありはしないのではないかと思えます。みんな五体満足で、頭も悪くない。それどころか、優秀でさえあり、経済的にも恵まれている。養護学校の生徒達が、常に生と死の間を行き来し、普通の生活を送れる望みさえないのに比べ、スクール生は全てに恵まれています。どう贔屓目に見ても、私には甘えとしか思えません。

沈んだ気持ちになっていると、もう5時半。急いで食事の仕度を始めると、地平君(24歳、、元無気力)が養護学校のことを聞いてきます。
"車椅子の子供達"というイメージで話しているらしく、それに対して、「自分は優越感を持ってしまい、気持ちがいい時がある。みんなもそうなのではないか」と、正直な告白をしました。
「彼らに優越感を持つか、あるいは、自分の幸運に感謝し、健康に恵まれながら至らない自分を恥じるか。これは人間性の問題だと思う」と、私も正直に答えました。

夕食後、8時から武道の稽古。自由参加です。1階でそれとなく誘いをかける文平(高2、長男)に、意外にも顔をそむける相原君(15歳、元無気力)。結局、始めの参加者は文平、晋平(小6、次男)のみ。
その頃、台所では野島君(22歳、元無気力)が後片付けの真っ最中。時間はあったのに、どうしてもっと早くやってしまわなかったのか…。そこへ山本コーチ、「おい野島、どうするんや?」。
野島君「はい、やります」
そこへ地平君、「え、野島君もやるの?さっきはやらないって言ってたじゃん」と、何か屈折した心理が働いている気配。
田口君まで、「え、野島君、やるの?なんで?オレなんか絶対やりたくないな」と、てんでやる気なし。

何とか後片付けを終え、武道に参加する野島君。外はもう既に暗く、台風の風が吹き、波しぶきが飛んでいます。山本コーチと3人の弟子達は、濡れたデッキの上、熱心に稽古を続けます。が、どうしても相手の目を見続けられず、またニヤニヤしてしまう野島君。
山本コーチの白い道衣姿は闇の中に浮かび上がり、その動きはしなやかで、自然なダンスのようであり、また、野生の動物のように美しい…。
さらに風はうなり、波の音も高く、雨も降り始めました。そして稽古はクライマックスに…と、つい勝手な想像をしてしまいますが、実際、真剣な、張り詰めた時間が過ぎ、闇と風と雨の中、あっという間の2時間45分でした。シャワーを浴びて、お休みなさい。


※文中の生徒名は全て仮名です。

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