V章 問題児の親たち (前)
スクールはコーチたちの犠牲的努力のおかげで成り立っている
弱い父親と強い母親の組み合わせが、問題児たちに共通している
社会的地位の高い父親の家庭から火の手があがるケースが多い
■手紙B――本人の姉からの報告ここら辺までが、本人の現状を説明してあり、その次に手紙の主は、両親のことをこと細かに書いてきます。
「突然お手紙を差し上げる失礼をお許し下さい。もう、どうしてよいか途方にくれ、家中がノイローゼ気味でございますので思いあまってペンをとりました。
実は弟のことでございます。弟は県立高校を卒業後、近くの町の中小企業に勤めましたが4年程で2回程会社を替わりました。本人は東京に出て働くことを希望したのですが、一人息子なので母の強い反対に会い断念したようです。そして3回目にある大手企業に勤めたのですが、ここも半年ぐらいで辞めました。その頃から少し、弟がおかしくなってきたのです。女ばかりの兄弟と、生活することの全てにおいてだらしのない母と、おとなしいだけの父。誰にも相談できず1人で悩んでいたらしいのですが、痔の病気があったらしいのです。ひどくなり、近くの医者に通ったのですが治療が思わしくなく、次に他の病院で手術を受けました。それも結果が悪く、仕事をすると手足がしぴれるとか、立っていることがつらいと言い、会社を辞めてしまいました。
上司が心配して、家まで来て説得しても大声でどなり散らし、帰らしたそうです。それまでのおとなしい弟からは想像もできませんでした。
前後して、交際していた女友達とも別れたそうです。その頃からおかしなことを言うようになりました。私の家では、どの子供も自分の生活のことを両親に話すことは全くありません。とても相談できる両親ではないのです。
ある日、弟が急に真剣な顔をして言うのです。Aさん(弟を、実の弟のように可愛がってくれた人)の奥さんが俺のことを好きだと言ってAと別れると言っている。Aさんの家では今そのことで大騒動が起きている。自分もAさんの奥さんが好きだから、子供2人は自分で引き取り、結婚しようと思う……。両親はびっくりして、とにかく父と一緒にAさんの実家に来るように言われているからと言って、弟は父と一緒に出かけて行きました。父が事情を説明すると、相手はきつねにつままれた様子でぴっくりし、息子夫婦は円満でそんなことはない、おかしなことは言わないで欲しい。父は大恥をかいたと言っていました。弟の妄想らしかったのです。
でも、おとなしいだけの父と、口だけうるさく1人では何もできない母は、オロオロするだけで私達にもこのことは伏せて、弟には、腫れ物に触るようにそっとしておきました。そしてこのことはAさん夫婦には絶対だまっているようにとの話だったのですが、いつか弟の友達に知れ渡り、毎日2、3人、多い時は7、8人も遊びに来ていた友達は、ばったり来なくなりました。そしてあいつは頭がおかしくなったという噂が広まってしまいました。私達家族も、弟が頭がおかしくなったなどと思うのが嫌で、そっとしておいて気持ちが落ちつけば、又、元のようになると、無理に信じてそっとしておきました。
ところが弟は家に閉じこもり、一歩も外に出なくなりました。毎日、テレビとレコードだけです。私達もできるだけ説得をし、励ましたり、色々したのですが、人を馬鹿にしたような笑いをし、強く言うと目を吊り上げて怒り出すのです。母は2回ほど首を絞められたそうです。父は、強く叱ることはせず、オロオロするだけです。
そして、病気の経過が悪く、働けないの一点ばりの弟に、とにかくもう1度、医者に診てもらうように言っても、もう生きているのが不思議と言われているんだとか、手足がしびれて仕事など出来ないとか、俺の体をこんなにして、あの医者から慰謝料をとってやるなどと言うのです。父は勤めに出ていて、弟は母といつも2人だけになります(注・姉達は皆嫁いでいる)」
「……母は本当に、全てにとてもだらしなく頼りにならない人なのです。一人娘で父を婿養子にもらったのですが、母の父親は母が27歳の時に亡くなり、実母と暮らしていたのですが、とにかく仲が悪く、実の母子であんなに仲の悪いのを未だに私は見たことがありません。祖母は10年前他界しましたが、町中の人々、誰一人知らぬ者はない程(祖母と母は)1日中、喧嘩ばかりしていました。私達はもの心ついてから2人が仲良く話をしているのを見たことがありません。口喧嘩だけならまだしも、取っ組み合いの喧嘩も再三でした。おとなしいだけの父はいつも黙っているだけなのです。手紙は、まだまだ長文のものですが、ここら辺でカットします。
それに家はひどく貧乏でしたのに、母は掃除も洗濯も、台所仕事もほとんどきちんと出来ず、買い物にも1人では行けないのです。生活に必要なことは全て父がしました。母は1人では何もできないのにグチばかり多く、別に働くわけでなく、いつもお金に困っていました。小学生だった私や妹はよく質店へ行かされ、母は物影から私達がお金に換えてくるのを待っているのです……」
■手紙C――登校拒否、非行の娘を持った父親(都市に住む開業医)からの報告というのが、この女の子の非行のあらましで、この医師が頭を痛めているのは、実はそのことだけではないことが、この後に続く話から見えてきます。
「先日はご多忙の折、ご親切にご指導頂き、本当に有難うございました。戸塚スクールを訪問し、校長、コーチの方々の、曲がった子供の心を根本的に叩き直す精力的な姿を見てただただ感銘し、我が子を鍛え直すにはここしかないと思った次第です。
小生、出来るだけ子供と接し、家族ぐるみの生活をしたいと思いつつも、つい仕事に追われ、又、職業柄、昼夜を問いませんので、つい接する機会が遠のき、それに拍車をかける如く母親が"無頓着"で、子供に対する愛情がないため放任してしまい、小生に子供のことに対しては一切相談なく、、言えば怒られるのではないかと相談どころか"かくす"様になり、小生が気がついた時には、既に登校拒否→非行の道へと歩んでいました。
中学2年の後半より登校拒否が始まったようで、まだこの頃は自分の都合で学校へ行ったり休んだりしていたようです。学校の先生が迎えに来たりしていましたので、小生、わかった次第です。
そして中学3年になっても、学校へ行ったり行かなかったりが続き、さて高校進学となり私立の女子校へ入学させたのですがやはり勉強に遅れをとったためか、出て行ってもわからないから行かなくなる。行かなくなるから悪の道へと入っていき、自分勝手な行動をとるに至ったものです。
小生は出来るだけヒザを交えて話をするのですが、その前では素直に聞いているのですが、又、翌日から同じ行動をしています。
小生がびっくりしたのは、暴走族とのつきあいがあると感じた時です。仕事をしているのでわからないのですが、男から電話がかかっては出て行く、又、自分勝手に電話をしては喫茶店ヘアルバイトに行く、男の家へ外泊する。小生が怒れば、しばらくはじっとしているが、又、目を盗んでは外泊するといったケースが続いているようです……」
「……これから述べることは御想像しにくいかと思いますが――。そのような男からの電話が入ったりしても何も言わないどころか、その男の所へ外泊している子供を迎えに行ったり、又、喫茶店への送り迎えをしている"家内"がいるということです。といって、娘のことをよろしく頼むと書いているのですが、この医師は最後にもう1つ、こう書いてきています。
男の言う意見を尊重し、私が娘のことを心配して、相手の男の住所でも電話でもよいから教えてくれと家内に言っても、知っていても知らぬ、存ぜぬの一点ばりです。このことは病院の電話ではなく、家内と子供専用の電話があり、あまりにも心配になったのでチーフに盗み取りしてとったためにわかったことです。
それからというものは、もうどうしてよいやらわからなくなってしまい、夜も寝つかれず、悩み続けました。 やっと小生の決心が決まり、このままにしておいたら、いや、母親のそばにおいておいたらと思ったら、子供の将来のことを考えたら、身震いしてきました。
子供を鍛え直すには、スパルタしかない。それも両親の元では出来ない。そう思って子供をお任せする次第です。
素直ないい子だったのですが、髪はパーマをかけ、服装も乱れてきました。優柔不断なところがあり、決断しにくいという欠点があります。特に病気といえば、中耳炎があり、だらたらしているから風邪をひきやすいといった程度です」
「母親(家内)もそちらで炊事などで厳しくして欲しいところですが、だめでしょうか……」この父親の手紙の、最後の一言に、彼の家庭の真の姿がかいま見えるような気がします。