X章 子供たちは何をつかむか (後)


恐怖心を克服すれば、登校拒否や家庭内暴力は直ってしまう


 戸塚ヨットスクールでは、原則として秒速20m以上の風が吹かない限り、毎日ヨット訓練を行なっています。雨であろうと、子供達を海に連れて行きます。水温も関係ありません。
 1年のうちで最も水温の低いのが2月〜4月頃の海です。ことに春先の海の冷たさは骨身にしみます。4月なら陸の気温がかなり暖かくなっていますから、余計に海の水の冷たさを感じるのかもしれません。海がどれほど冷たかろうと、ヨット訓練は続けられるわけです。冬期、子供達は体の4分の3を覆ってくれるウエットスーツを身につけていますから、水の冷たさそれ自体はトレーニングの障害にはなりません。ただし、問題は風です。秒速20mの風は、かざぐるまを思いのままに翻弄します。しかも向かい風で磯波がある場合は、訓練を中止せざるをえません。そこら辺りが子供のヨット訓練の、安全性の限界でしょう。
 ところで、海と人間の関係には、極めて興味深いものがあります。
 あらゆる生物は、そもそも元を辿れば海から生まれてきたものです。人間も、例外ではありません。海はあらゆるものの源泉です。人間は海から出て、海に食糧を求めました。文明は、大きな河の河口、海に面した辺りから発達してきています。
 その半面、人は海を常に恐れてきました。自然の猛威を海が見せてくれるからです。そればかりではないでしょう。海は何とも言えず、恐いものです。
 その海の恐さを、子供が最初に克服するのは泳げるようになった時です。自分の体が海の底へ沈んでいくのではなく、浮きながら波を乗り越えることもできるのだと知った時、子供は海と握手するわけです。
 しかしそれでも限界があります。浜辺が見えている辺りの海なら安心していられますが、沖合へ出て陸のもの全てがマメ粒のようにしか見えない所まで行くと、また別の恐さが出てくるものです。
 海の上のトレーニングは、それゆえ、陸上のいかなるトレーニングとも異なります。
 陸の上で、どれだけ厳しくスパルタに徹しても、子供達は恐怖心を抱くことはないでしよう。肉体的にはしんどくても、海の上に1人残された時の言いようのない恐ろしさは、陸の上では決して現われてこないのです。
 海は、心を揺り動かしてくれます。
 学校へ行くのを嫌がり家の中に閉じこもってしまった子供の心は、外に向けて開け放たれてはいません。親はそれを何とかしてこじあけようと必死になります。説得し、なだめすかし、怒り、何とか子供の心を開かせる鍵を見つけようとするのです。しかし、そうすればするほど気持ちがこじれていくのが、情緒障害児の常です。
 その心を、海が揺れ動かすわけです。
 沖合に、1人、置き去りにされる。その時、子供は否応なく恐怖に直面します。怯え、必死になって助けを求めようとします。その極限状況の中で、心は嫌がうえにも激しく動き出すのです。
 私達はそれを、脅しのためにやっているわけではありません。
 子供を1度、恐怖のドン底に放り投げ、ショックを与えれば問題が解決すると考えているのではないのです。それならば、単なる"ショック療法"にしか過ぎません。それは子供に恐怖心を植えつけるだけで、何らいい結果を残さないでしょう。海に置き去りにした人間を逆恨みするのが関の山です。
 私達は、その恐さを克服させるところまでもっていくのです。最初は誰だって海は恐いものです。その恐怖心を抱えたまま途中でトレーニングをストップしてしまえば、その後いつまでも恐怖心は残ります。しかし、海を克服し、心の中に巣くっている恐怖心をふっきるところまでいけば根本的に問題が解決します。
 いくつか、具体例を挙げましょう。
 初期のヨット訓練だけであっさりと登校拒否や家庭内暴力が直ってしまった例はいくつもあります。
 例えば、M子さんの例があります。M子さんは高校2年生になってヨットスクールに入って来ました。本人が入ってみたいと親に言って、入校して来た人です。その間の事情を書いてきた母親の手紙があります。紹介してみましょう。
■手紙F――M子さん(登校拒否・高校2年生)の母親からの報告
 「残暑御見舞申し上げます。
 この度、ヨットスクールにお世話になったM子の母です。
 M子は小さい時からいい子で(姉に比較して)、少しは勉強もできたのに……。今思うとその勉強をやらなくなったのは、中学3年2学期、高校受験前頃からです。でも、その時は休まず卒業。高校入学してからは、生理が来る度、毎月、4日、5日と続けて休むようになり、60日近く休んだでしょうか。
 高校は進学校で、他に女子高があるのですが自分で希望して入ったのです。休んだ日はほとんどベッドの中でしたが、生理が終わると登校しました。
 2年生になると、生理でなくとも休むようになりました。テレビを見たり本を読んだり料理をしたり。それでも学校は続けたいというのです。この頃から私は登校拒否ではないかと思うようになりました。医大まで行っての精密検査、精神内科、産婦人科と、色々な所へ出かけました。別に異状なし。県の教育センターにも相談しました。その時は下に妹が生まれ、自分が疎外されてると思っての反抗もあるのではと言われました。反抗といっても、口ごたえするとか暴力をふるうとかはなく、生理の時不機嫌になり黙ってしまうのです。妹には、いじめたり、反対にすごく面倒を見たりと、極端でした。
 主人は小さな会社をやっています。意志の強い人で、私や子供にも厳しい人です。本人に言わせるとまだまだ甘い方だと言ってますが、仕事の事となると一生懸命で出張が多く、又、飲む機会もあり、留守がちです。その分、私がしっかりしてればいいのですが、子供達に教えてもらうことが多い母親です。
 きっかけはM子が『スパルタの海』(注・上之郷利昭著。戸塚ヨットスクールのことが紹介されている)を読んだのです。そして春休みの終わり頃、自分も行ってみたいと言い出しました。
『どうして?ヨットに乗りたいの?』
『ううん、体力をつけたいの』
『体力をつけるなら家でもできるじゃない』
『家ではできないよ』
 というのがその日の会話です。数日後、とにかく1度、様子を見たいと出かけて行きました……」
 M子さんは、ヨットスクールの訓練ぶりを父親と一緒に見に来ました。私達は、見学者がいるからといってやり方を変えるわけではありません。いつもながらの厳しさは、どんな場合でも同じです。
 その厳しい訓練を見た上で、M子さんは入って来ました。自分からここへ来てみたいと希望して入って来ただけに、訓練に取り組む姿勢は、重度の情緒障害児に比べれば、積極的でした。それでも急カーブを描いて良くなったわけではありません。内にこもりがちで尻込みする日と、とにかくやってみようと前向きになる日が交互にやってきます。それを何度が繰り返すうちに、ヨットにも慣れ、ヨットの模擬レースにも勝つようになると、みるみる様子が変わってきました。



スクールに入って3週間で子供たちの顔に劇的な変化がおこる

 その変化は、顔の表情に最もはっきり出てきます。
 ここでまとめて子供達の表情の変化について書いておきましょう。
 ヨットスクールに入って来た時の子供達の顔にはいくつかの特徴があります。
 箇条書きしてみると、
(1) 顔の中央で分けると左・右が非対称。
(2) あごが、やや上がり気味。
(3) 視線は下向き。
(4) 目が吊り上がっているケースもある。
(5) いわゆる"三白眼"も多い。
(6) 姿勢は一様に悪い。背骨が曲がり、ネコ背になっている。
(7) 肩を極端にいからせているのは必ずしも非行少年ばかりではない。
(8) ハト胸も、しばしば見うけられる。
(9) 口が開いている。
(10) 男は下唇がたれ下がっている。
(11) 女は上唇がまくれ上がる。
(12) 年齢よりも大人びている。
(13) 年齢に比べていちじるしく幼い。
(14) 目の焦点が合っていない。
(15) 女のような男。
(16) 男のような女。
(17) 肌がザラザラしたりして汚い。
(18) 髪で目を隠すようにしている。
(19) 目が細く鋭くなる。
(20) 女の口がへの字や一文字になる。
(21) 眉間にしわがよる。
(22) 口や口元に表情がない。
(23) 笑い顔がうつろになっている。
(24) しかめっ面を始終する。
(25) 鼻の穴が大きく見える。
(26) 唇がとんがっている。
 ――といったところでしょう。
 そういった表情が徐々に変わっていくわけです。早い子供で5日〜1週間、遅い子供でも2〜3週間のうちに、ドラスチックに変わり始めます。
 典型的な例を書けば、これはある中学生の女の子の場合ですが、彼女は登校拒否が長引き、親に連れられてヨットスクールにやって来ました。自分の世界に極端にひきこもりがちな女の子です。メルヘンチックな、とでも言うのでしょうか、テレビを通じて得た情報で自分の世界を作ってしまっているのです。それは子供であれば誰でもすることですが、彼女の場合、それが極端なのです。
 現実逃避型と言えるかもしれません。普段の顔は、ニコッと笑うとかわいらしいのですが、それでいてウソばかりつくのです。よく見ると、笑い方が自然じゃない。カメラを向けられた時、人は皆作為的な笑顔を浮かべるものですが、この女の子の場合、笑う時は常にその種の笑顔なのです。
 そして、自分のことを正直に語らない。いわゆるお伽話ばかりをするわけです。
 トレーニングを積みながら、他方で私は、彼女のメルヘンの世界を否定していったのです。彼女がどんな話をしても、それはウソだ、と言っていくわけです。
 1度、自己を破壊されるとヒステリー症状になります。それが表情にも表れてきます。
 両方の目の際に、蝶々型というか扇状型の赤っぽいアザのようなものが浮き出てきます。口は開き、呼吸が普段より荒くなって、あごは上がってきます。まるで大きな赤ん坊です。不整脈があります。
 そこで1度、自分の世界がゼロになります。
 そこから自己回復が始まる。ヨットスクールでは色々なことをやらせません。体操もヨットもやり、その上勉強しろとは言いません。本人がどうしてもやりたいと言えばそれをはばみはしませんが、あれこれやらせるよりも、とにかく1つのこと、ここではヨットを必死にやらせるわけです。テレビはありません。外からの情報をカットして、このヨットスクールの世界だけに集中させるわけです。
 目標は絞られています。それに向かって進んでいけば、自ずと向上していきます。それがそのまま自己回復につながっていくわけです。
 女の子の場合、1度崩れた表情が再構築されると、まず普通の、目つきが落ちつき、歪みのない表情になり、その後さらに優しさが現れてきます。ヨット訓練をやっているからといって、たくましい表情になるわけではありません。優しい、女らしい表情に変化していくわけです。
 男の子の場合はどうでしょうか。
 最も典型的には、まず、自信をなくします。かなりの非行少年であっても、最初の段階で視線がうつろになります。それまでは外で威張りくさっていたのでしょうが、ヨットスクールでは、まだ彼は何者でもないのです。頭も丸坊主にされ、青々としています。自分で自分を見失ってしまうわけです。
 とにかく1度、丸裸にされてしまう。それがヨットスクールです。50人もの子供達が、一緒になって毎日、これ以上はないという厳しい環境の中に押し込まれているわけです。自分に対するこだわりを、持ち続けることはできません。いやおうなく、飾りをかなぐり捨てた裸の人間に戻ります。
 そこから回復するわけです。
 それまで引っ込んでいたのどぼとけが、突然、出てくるケースを私は何度も見ました。高校生です。年齢から言えば、当然、出ていなければならないのですが、その出方が中途半端だったわけです。それが隆起してくる。
 顔の歪み、いわゆるしかめっ面は、簡単に本来あるべき形に戻ります。丸々と太った肥満児は、余分な部分が消えて普通の丸顔になります。
 むしろ、難しいのはヤセ型の子供です。見ていると実によく食べるのに一向に太らない。内臓が特に悪いわけでもありません。よく、太らない体質なのだと言われたりしますが、ヤセ型の子供の方が、本来あるべき表情に戻るのに時間がかかります。他の子供の食べ物を略奪するようにして食べるくせに、太らない。
 それでも、男の子は一様に、たくましさを加えてきます。アゴがしっかりしてきて力がつき、三白眼は普通の目に戻り、視線は正面を向いて、おどおどすることがなくなります。そして、男の子の顔は精桿さを加えてきます。それが最終的な形です。女の子は優しい表情になり、男の子は精悍な表情になる――つまり、男女それぞれの最も基本的なところにたち帰るわけです。



模擬レースで初めて勝った"鉄仮面"が白い歯を見せて笑った


 「鉄仮面」
 そういうニックネームをつけられた子供がいました。戸塚ヨットスクールに入って来た時は中学1年生です。
 なぜ鉄仮面かというと、まるで表情がないからです。顔の筋肉が、ほとんど動かない。笑わない。怒らない。悲しそうな表情を浮かべることもない。つまり、喜怒哀楽という人間の感情をどこかに置き忘れてきてしまったような子供でした。
 おまけに体も動かない。自分からは何一つしようとしないわけです。歩けないわけじゃない。立っていることができないわけでもない、青白い顔をしてやせていましたが、体に病気があるわけではない。
 最初に驚いたのは、何を話しかけても無表情だったことですが、その後、すぐに別のことで驚かされました。
 ヨットスクールの3階にある男の子達の場所へ行くように言ったのですが、階段の所で立ち止まってしまう。どうしたんだ早く行けと、背中をどやしつけても、上がって行こうとしない。けしかけるように階段を上げようとすると、手をついて這うようにしている。階段が上がれないわけです。
 翌朝、もう1つ、驚いた。
 今度は、階段を降りられない。どう言っても、ダメ。蹴っても、ダメ。そして相変わらずの無表情。いよいよ追いつめられると、倒れる。それも、普通の倒れ方ではありません。無表情のまま、体をどこも動かさず、そのままドーンと倒れてしまう。一瞬、意識を失っているわけではありません。丁度木が倒れるように、ドーンと倒れてしまうわけです。
 まるで、鉄仮面でした。まるで絵に描いたような無気力児です。
 その"鉄仮面"を、引きずり出すように、朝の柔軟体操に参加させました。もちろん、何もできません。どうやっても、何もしない。殴り、蹴り……様々なことを試みましたが、体は動かない。動かそうとすると手と足の動きがバラバラになります。
 私は、この鉄仮面が、いったい、いつ笑顔を浮かべるだろうかと、思いました。その時、心を開き始めるからです。
 ヨット訓練もさせました。
 これもダメです。そもそも泳げない上にヨットから海の中へ入れても、体を動かそうとしないのですから。ライフ・ジャケットを身につけているから、溺れる心配はない。ちゃんと浮いています。
「泳げ!泳ぐんだ!」
 何度も海に落としながら怒鳴りつけると、やっと手を動かし始めた。といっても泳いでいるわけではありません。両手を海の中でバチャバチャと動かすだけです。イヌカキにもなっていない。
 そのくせ、涙は流さない。
 恐怖におののいて叫びはするのだけれど、涙は流さない。しゃべる言葉も、いわゆる幼児語に近い。赤ん坊がしゃべっているようなのですね。
 あまりにも、無気力ぶりがかたくななので1度、救助艇の上から思わずこう叫んでしまいました。
「このやろう、涙を流しやがれ!」
 すると鉄仮面がこう言ったのです。
「子供の頃からあんまり泣いたので、もう涸れました」
 その反応があまりに意外だったので、思わずこちらが笑ってしまいました。
 鉄仮面はヨットスクールに8か月、滞在していました。ここに入って来る子供の数倍の時間がかかっています。
 それでもちゃんと、ヨットに乗れるようになりました。
 ヨット訓練はまず、操作の仕方を基本から教え込むわけですが、一応マスターすると、次に子供同士を競わせます。
 海にブイを3つ、浮かべます。
 ブイとブイの距離は約400〜500m。三角点にブイを置くと、1周約1.5q程のコースができます。
 そのコースで、子供達に競争させるわけです。エンジン付きの救助艇は3隻、常に出ています。
 これは必ずしも、何かあったときのためではありません。指令船からホイッスルを吹き、一斉にスタートさせます。しかし単にレースを楽しませるだけではありません。ヨット操作の動きが鈍いと、救助艇が飛んで行って、かざぐるまをかすめるように走ります。減速して、かざぐるまにわざとぷつけることもあります。ヨットを横転させるわけです。
 その理由は、一切、言いません。
 子供は海に投げ出され、横転したヨットを起こします。これはコツさえつかめば、さほど難しいことではありません。小学生の小さな子供でも、簡単に起こせるように設計されています。転倒しやすく、起こしやすい。それが、かざぐるま設計のポイントだったのです。
 子供は、なぜ、自分のヨットが邪魔されたのか、わかりません。海に落ちながら、不平不満だらけでしょう。しかし、明快な理由はあるのです。本人が気づかないだけです。そんなミスをしていたら、本当の大海原に出た時必ず死んでしまう。子供はそういうミスを犯しているのです。それに、自分で気づかなければならない。
 ミスを犯したヨットの所へ行って、今キミはこういうミスを犯したぞと言って指摘してあげるのは簡単です。子供は、あ、そうかと気づくかもしれません。しかし、人から指摘されるのを待っている限り、自分で自分の弱点に気づかないものです。それではいつまで経っても、一人歩きできない。
 自分で自分のミスに気づくためには、考えなければならない。必死になって、なぜなのか、なぜ自分のヨットが注意を受けたのかを自分の頭で考えなければならない。そのクセをつけておかなければ、外の世界(外洋=社会)に出て行かれません。社会へ出て行って一人歩きできません。
 1つのミスに自ら気づくまで、私達は何度でも体当たりしていきます。
 海に落ちる。その分、レースにおいてはハンデを背負います。どの子供も同じようなレベルですから、完璧にヨットを乗りこなすことはありません。皆が常に注意され、横転させられ、このやろう、何しやがるんだと思いながら、考え、闘っているのです。
 鉄仮面も、やがてヨットのレースに参加しました。
 繰り返し、繰り返し、海の中に叩き込まれました。他の子供の何倍も海に浮かんでいます。それでも6本のロープを操り、舵を取りながらかざぐるまに乗れるようになりました。それだけでも格段の進歩です。ヨットスクールに来た時、何しろ鉄仮面は階段さえ上がれなかったのですから。骨は曲がり、足もわい曲して、背は丸まっており、やせて小さく、おまけに無表情。その鉄仮面が、話をするようになり、遅れながらでも体操をし、ヨットを操れるようになったのです。
 しかし、それでもまだ鉄仮面でした。笑わないのです。
 入校して8か月程経ったでしょうか。
 いつもの模擬レースで、鉄仮面のヨットがずっと前に出たのです。海に吹く風を、他の誰よりもうまくつかまえて波を切るように進みました。ヨットの進み具合で、彼がどういうロープ操作をしているか私達にはわかります。
 本人にも、それはヨットの進むスピードという形で跳ね返ってきます。いつもは右に行き左に流されながら進んでいるヨットが、すーっと進んで行く。スピードは十分、滑るように海面を進んでいくわけです。手ごたえがあります。心が思わず、躍動する瞬間です。
「あれは鉄仮面じゃないか」
 私の隣にいたコーチも、すぐに気づきました。
「珍しいことがあるもんだな。いったいどうしたんだ」
 鉄仮面のかざぐるまは帆に風を十分受けて疾走します。私はその瞬間、他の子供達のヨットは目に入りませんでした。
 あれが暴走でなければいいと、祈るように鉄仮面のかざぐるまを見つめていたのです。偶然、風をつかまえたのなら、刻々向きを変える風にやがて翻弄されてしまうでしょう。その上、ブイの所まで来たら方向転換しなければならない。
 私は双眼鏡を取り出しました。鉄仮面の表情を見たかったのです。
 そして、コーチに言いました。
「こりゃ、本物だな」
 鉄仮面は興奮した面持ちでロープを握り、かなたの海を見つめ、帆を見つめ、セイリングしていたのです。
 ターンさえうまくいけば、鉄仮面が初めてレースに勝つかもしれない……。
 他のかざぐるまは、鉄仮面を追っています。そんなこと、恐らく今の鉄仮面の眼中にはないだろうと思いました。彼は今、自分のすべきことに熱中し、海の上で生きるテクニックを覚え込もうとしているわけなのです。このテクニックを身につければ、彼は生き抜くことができる。シーマンシップを身につければ、どこへでも出て行かれる……。
 ブイを大回りするように、鉄仮面のヨットは左へ曲がって行きました。最短距離を走れたわけではありません。しかし、体勢を立て直すと、帆はまた風を受けて膨らみました。勝てる、そう直観しました。
 私は指令船のエンジンをかけ、ゴール地点に向かいました。
 2か所のターンを切りぬけ、鉄仮面のかざぐるまがやって来ます。
 ここで勝ったからといって甘い顔を見せてはいけないんだと、私は自分に言いきかせました。毎日、何度も繰り返しているレースなのだから。1度ぐらい勝ったからといって甘い顔を見せてはいけない。もっと苦しいことが、この先鉄仮面にはいくらもある。まだ安心してはいけない。ここまで来るのに長い長い時間がかかった。それでも、まだ成長のプロセスにいるだけなんだ……。
 私はそんなことを考えていました。
 鉄火面が戻って来ました。
「初めて勝ったな」
 私はそれだけを言いました。
「……」
 彼は何も言わずに、しかし、笑ったのです。白い歯を見せて、ニコリと笑いました。
 その鉄火面の笑顔につられて、私も、気がついたら笑っていました。