情緒障害児問題に寄せて(七)


「真実は」

横田 建文


八、新聞ジャーナリズムと検・警察の狂態


 情緒障害は限度を越えてソフト化した文明社会が作り出した脳幹機能低下という深刻な社会問題である。マスコミは総力をあげてこの問題の取材にあたり、社会の木鐸としての責任を果すべきである。

 ところが過当競争によるセンセーショナリズムと長年の拙速主義が骨の髄まで染み込んだ新聞ジャーナリズムは、戸塚ヨットスクール事件を芸能スキャンダルの取材をするのと同じ程度のお粗末さで扱い、この事件の真相を全く見えにくいものにしてしまった。
なかでも『サンデー毎日』というキワモノ週刊誌の青野丞緒、遠藤満雄両記者は、情緒障害はおろか、強迫神経症や心身症に関するイロハも知らずに、しかも戸塚ヨットスクールの直接取材を1度も行わずに、「戸塚ヨットスクール追及」なる犯罪的キャンペーンを実に5ヵ月近くも続けたのであった。
この2人の記者がやったことは、ヨットスクールから逃げ出した情緒障害児の証言(!)をもとに「恐怖と暴力で身も心もズタズタにされたY君とM君」、「救世主ヅラして虐待を隠蔽」、「顔は脹れ手足はアザだらけ」……といった調子のオドロオドロしい記事を「追及24弾」まで連載し、戸塚宏やコーチ達が気狂いじみたサディストであるという虚像を作ることであった。
2人は、戸塚方式に対する批判者の感情的な声をどぎつく拡大し、凄まじい体罰が四六時中行われているかのような報道を、あの「ロス疑惑事件」でおなじみになった手法で続けたのだった。
そして、新聞報道との連係プレーによって「世論」たるものをデッチ上げ、愛知県警に強制捜査と逮捕を迫るという、これまた最近おなじみの「魔女狩り」を演じてみせた。情けないことに、「人の不幸は鴨の味」と考える人間達のおかげで「サンデー毎日」の部数は急上昇した。
するとさらに情けないことに、おいしいバイを「毎日」に1人占めさせておく手はないと「朝日」「読売」が、やはり情緒障害の予備知識などカケラも持たない記者連中を使って反戸塚キャンペーンにあわてて参加した。
3大新聞とその系列下のテレビまで加わって煽られたのでは愛知県警もたまったものではない。「世論」をなだめ警察のメンツを保つためには戸塚宏やコーチ達を逮捕しなければ格好がつかない状況に追い込まれたような気にさせられてしまった。

 そうした状況下で起きたのが暴走族事件であった。
戸塚ヨットスクールのある愛知県美浜町は海辺の静かな町であるが、毎夜出没する暴走族の騒音に周辺住民は安眠を妨害されていた(こういう事実は全く報道されていない)。
警察が取締りに乗り出さないのに業を煮やしたヨットスクールのコーチ達が連中にお灸を据えて追払ったのである。マスコミに戸塚逮捕をせっつかれている所に、自分達の職分を荒らされたのでは警察の面目はまる潰れである。「ともかく全員逮捕して無理やり自白させれば後はどうにでもなる」と愛知県警は判断したらしく、コーチと戸塚宏の逮捕に踏み切った。
この辺りの事情は、ジャーナリストの上之郷利昭氏が正確に整理しているのでそれを引用させていただくことにする。

(「文芸春秋」1983年11月号より)


 いったん捜査当局が動き出せば、新聞はフリーパスを手にしたようなものである。“客観報道”という名のもとに、捜査当局筋の情報と称して書きたい放題を書きまくった。

 いくつかの見出し等を列挙してみよう。


〈朝日新聞〉

 ▽暴力コーチ6人を逮捕(5・26朝刊)
 ▽「スパルタ教育」の怖い体質(5・28朝、社説)
 ▽校長がしごき命令(6・12朝)
 ▽校長逮捕 訓練の名で暴行(6・14朝)
 (略)


〈毎日新聞〉

 ▽“虐待集団”の放置許すな “治療”で陰湿な“私刑”(6・4朝)
 ▽警官と偽り手錠かげる 戸塚ヨット暴力コーチ(6・6夕)
 ▽くずれた虚勢、戸塚校長(6・14朝)
 ▽戸塚校長“証言隠し”訓練生、父母に圧力「警察にしゃべるな」(6・15朝)
 ▽ウソで塗られた“戸塚論法”(6・15朝)
 ▽「スパルタや、しごき見たい」見物客が500人も 神経ピリピリ沖合へ“避難”(6・20朝)
 (略)


〈読売新聞〉

 ▽「暴力至上主義集団」を支配する この狂気(週刊読売6・12)
 ▽子供死なせて何が“教育” 学校ではなく企業(6・14朝)
 ▽直前まで薄笑い講演、逮捕の戸塚 独善の“牢屋教室”(6・14朝)
 (略)


 一部分をピックアップしただけでも、以上のような見出しの大きな記事が連日のように新聞の紙面に躍ったのである。これに輪をかけてテレビがセンセーショナルに煽りたてた。日本じゅうが戸塚批判フィーバーにかりたてられ、縄のれんをくぐっても“戸塚”が酒の肴になっているという奇妙な現象が現出して、ひとえにマスコミの強大さを思い知らせてくれた。

 読売880万部、朝日750万部、毎日430万部、3大紙だけでも2060万部、夕刊も加えれば3千万を越えようという紙つぶて、洪水のような活字、しかも権威を持った活字が、新聞の書くことは真実だと信じている人が多い読者に向かって、まるで批判の自由のない独裁国の新聞のように全紙こぞって「悪者だ、悪者だ」と絶叫し読ければ、読者はそれを真実だと思い込んでしまうであろう。

 ――こうして出来上がった“世論”をバックに捜査当局はかなり強引な逮捕を強行することができた。本来なら新聞が「人権問題」「捜査の行き過ぎ」として批判しなくてはならないような強圧的行為を新聞は看過したばかりか、自分たちの間尺に合わない戸塚ヨットスクールを抹殺するために、むしろそれを煽りたてたのである。


 現在の新聞ジャーナリズムは、情報の速報性ではテレビに、質においては雑誌や単行本に追い詰められ、なにがなんでも世論を沸き立たせるような話題作りをしなければ、たちまち部数減と減益に見舞われる状況にある。そうした話題作りの手法は拙速主義を繰り返しているうちに徐々に単調化し、今では「絶対善」と「絶対悪」の二者択一しかない末期的症状に近づいている。
最近のキャンペーン事例を思いつくままにあげるなら、「反核」、「行政改革」、「緑地保護」、「冤罪裁判勝訴」、「高校野球」あたりが絶対善であり、「田中角栄」、「ロス疑惑事件」、「戸塚ヨットスクール」、「サラ金」、「宇都宮病院」などが絶対悪というわけである。
善悪の相対性など無視してデジタル的オン・オフするだけであるから流動する現実に対応しきれなくなっていずれ無理が生じる。しかし無理がきてもやり方を変えない(というより変えるだけの余裕がない)。あるテーマで身動きがとれなくなった頃には、別のスケープゴートか完全なる正義が用意され、大騒ぎの行進をまたぞろ始めるのである。

 未知の事態を綿密に捜査・分析し、時代の方向を探り取る力は現在の新聞ジャーナリズムから急速に衰退しつつある。それと同時に報道する側の良心や誠実さも救い難いほど失われてしまっている。「とにかく売れればいい」式の記事作りが行われている。
新聞が臨終でどんなあがきをしようと知ったことではないが、取材もせずに記事を書き、関係のない人間を巻きぞえにして犯罪者呼ばわりするに至っては批判せざるを得ない。墓場には1人で入るべきである。

 戸塚ヨットスクール事件におけるコーチ達の根こそぎ逮捕、支援者の逮捕、訓練生の逮捕、と気狂い沙汰としか形容しようのない逮捕劇も、新聞ジャーナリズムの硬直した発想と杜撰な報道体制による演出があったればこそ上演可能であった。再び上之郷氏の論文(前出)を引用させて頂く。


 捜査当局はまず5月26日、コーチ6人を逮捕、それをもとに6月13日には本命の戸塚宏校長を逮捕した。

 ところが、戸塚校長以下コーチのほとんどは完全黙否。戸塚に至っては取調官にヨットの講義をしているというのだから、当局があせるのも無理はない。確かなことを調べたわけではないが、児玉誉士夫の黙否記録を戸塚が破ったといった人がいる。

 起訴→公判開始という日程に間に合わせなくてはならないのだから、あせるわけである。

 一方において、戸塚ヨットスクールを守る会は結成される、脱走した生徒を「2度とヨットヘ返すな」といって親に渡したところ、目の前でヨットスクールは渡されてしまう、入校申し込みが相次いでいる、唯一最大の味方の新聞に対して出版社系のジャーナリズムがこぞって反論を開始する……。

 捜査当局はこのときほど新聞にあおられて捜査に踏み切ったことを後悔したことはないのではあるまいか。

 (略)

 捜査がはかばかしく進展しない当局として、この時点でのせめてもの願いは、戸塚ヨットスクールが息を吹きかえさずにこのまま自然消滅してくれること、それが自分たちの捜査が正しかったことを証明する有力な証拠となると、考えたとしてもおかしくない。

 戸塚校長やコーチ達を釈放しないのも(注、本稿終了時で拘置は1年4ヵ月以上に及ぶ)黙否をしているということもあるけれども、彼らが帰ればヨットスクールはすぐにでも息を吹きかえす、戸塚ヨットスクールを必要としている現実が厳然として存在することを当局も困難な捜査を通じて初めて、いやというほど思い知らされているからであろう。

 これでは、何のための逮捕、大騒ぎだったのかということになる。

 私が何度も警告しているように、彼らは、本来刑事警察が単独で踏み込んではならない分野に、新聞にあおられて踏み込んでしまったと思われてならない。フィーバーの間たけ新聞は味方をしてくれる。が、宴が終わったとき、新聞はさっさと他の話題を求めて逃げてしまうが、置いてけぼりをくった司法当局はこのやっかいな問題を取り組んでいかざるを得ない。それが見えているから、彼らは戸塚ヨットスクールが自ら消滅していってくれることを望む、と考えるのがスジだろう。

 そのためには校長やコーチの代わりにOBや父兄が応援に駆けつけてきて、ヨットスクールが維持、存続されては困るのである。

 応援に駆けつけてきた、立派に立ち直っている少年たちや、支持の父兄を逮捕したのは、後続部隊を断ち切るための見せしめであったと、事情を知る者たちは見ている。


 検・警察のあせりは増幅され、メンツを保つための強引な行動はエスカレートする一方であった。子供達まで逮捕あるいは事情聴取した警察は、「以後、戸塚ヨットスクールには近づかず、後援活動を含め関係ある行動はいっさいしない」という条件を親達につけ、条件に応じない場合は鑑別所や精神病院に入れると恫喝を加えた。
しかし、それでもヨットスクールは存在して訓練は続けられ、情緒障害治癒の成果はあがり続けていた。
コーチ達は相変らず完全黙否であり、初公判の期日は迫る……。
警察は理由にならないような容疑で残ったコーチを逮捕して遂に初公判直前の58年9月30日にスクールを閉鎖に追い込んだ。

 だが、それでも物的証拠と自白が不十分の状態で、公判維持が検・警察にとって圧倒的に困難であることは変りがない。小川真人君傷害事件の初公判ではまともな証拠開示すら行わないという体たらくで裁判に臨まざるを得なかったのである。

 検・警察の横暴は公判後も延々と続き、戸塚ヨットスクールで治癒した傍情障害児達に様々な圧力と嫌がらせを続け、再び非行や登校拒否に追い込んでヨットスクールの成果の反証としようとすることまで行われているのである。
検・警察の犯罪行為を詳細に論証しようとしたら1冊の本を上梓するに十分な量となってしまうので、ここでは1983年12月の傷害致死事件第2回公判で開陳された被告人戸塚宏と山口孝道コーチの意見陳述書を掲載するにとどめる。



意見陳述書


 傷害致死等 被告人 戸塚宏 外7名
 昭和58年12月23日 上記被告人 戸塚宏
 名古屋地方裁判所刑事第4部御中

       記

(一)

 私がこの事件で逮捕されたのは本年6月13日のことであり、既に身柄の拘束は6ヶ月以上に及んでいます。

 その間、捜査当局は戸塚ヨットスクールを組織的・計画的・常習的暴力集団と決めつけ、これを閉鎖に追い込むことを目的として犯罪捜査の名のもとに常軌を逸したとしかいいようのない行為を執拗に繰返しました。

  例えば@スクール関係者の殆んどが逮捕拘留され、一言の弁明もできないことをよいことに自らに都合の良い情報のみを、虚構の事実をまじえてマスコミに流すことによる世論操作がなされました。A私の後任としてスクールの責任者となった加藤忠志コーチに対しては、過去数年間、全く問題にもならなかった、訓練生を同行した行為を理由とする逮捕勾留が行われ、かつ、そのむし返しがありました。Bまた、そのあとを引継いだ境野貢コーチの逮捕にいたっては、3年前の昭和55年11月に発生したものであり、同コーチは、当時参考人として警察の任意捜査に協力し、事情聴取を終了していた行為を被疑事実とするものでありました。

 (校長、コーチに為された検察の虚構事実による分離工作について。略。)

 更に、私の聴き及ぶ限りにおいて、参考人である場合は捜査当局の事情聴取に応ずるか否かは、刑事訴訟法上本人の全く自由な意志によるものだとのことであるにも拘わらず、捜査当局はこの原則を頭から無視し、スクールでの訓練を終わり、やっと元気に登校することができるようになった子供の通学先の中学校に押しかけ、授業中に校長室で強引に事情聴取を行い、保護者の立場を拒否し、訓練を終わった生徒の自宅へ押しかけ、そっとしておいてほしいと願う両親の切なる希望を無視し、調書が気に入らないから調べ直すと称してつきまとい、遂にはその少年を家出にまで追込んだり、事情聴取に応じないときは少年院に送り込んでやると脅迫した捜査員さえあります。また、本人の意志を無視してスクールからつれ出し精神病院へ送り込んだ事実もあります。

 この席でその全てを語ることはとうていできませんが、小川君の死亡以来、過去1年に及ぶ捜査当局の行為が、先にのべた如き理不尽な行為の繰返しであったことを、そして、今後この法廷に提出されるであろう証拠の多くが、右に述べたような状況のもとで作られて来たものであることを、裁判所におかれては何よりもまず御銘記頂きたいと考えるものであります。

 次に、私は多くの被疑事実により起訴されております。もとより、おなくなりになった方には大変お気の毒に思いますし私自身1番残念なことと考えています。また、その何れについても自らが真に行ったこと、かかわったことについて事実を曲げて申し開きをしようなどとは一切考えておりません。

  むしろ、可能な限り自らの信ずるところを、この事件における審理の場で率直に披露し、そのための主張・立証の努力を弁護人の協力のもとに続けたいと逮捕以来終始考えて参りましたし、その考え方は今も変わるところはありません。また、この気持ちは、ここに出廷している他のコーチの諸君も、皆同様であろうと考えます。

  ところが、本件の第1回公判に臨んだ検察官の態度は、私共のこのような意志を完全に裏切ったものであり、密室における取調に際し、各コーチに対して居丈高に臨んだ態度とは全く逆のものであって、私共をガッカリさせるに十分なものでありました。

  まず、検察官は前述のような手段で収集したであろう膨大な証拠のうち、重要な部分をひたすら隠し続け、私共及び弁護人に閲覧さえ許そうとしなかったのであります

  また、不明確を極める公訴事実に関する弁護人の求釈明に対し、殆ど答えようともしなかったのであります。(中略)

  もし、検察官がフェアな態度で事前に証拠を開示し、弁護人が事前に提出していた求釈明に対しても真摯にこれに応じていたならぱ、私は、公訴事実の全てについて第1回公判において詳細かつ明確な罪状認否を行うつもりであり、これによって本件の争点はより明確となった筈であり、迅速かつ実質的な審理が可能となった筈であります。

  しかるに、自らが公益の代表者であることを忘却した、検察官の前述のような姑息な態度によって、罪状認否を含まないこの意見陳述を行わざるを得ないことを私は心から残念に思うものであります。


(二)

 ヨットスクールを始める動機(略)

 先にのべたとおり、私は、偶然の出来事が契機となり、かつこのような子供を抱えた家族の悲痛な訴えを聴かされるに及んで、むしろ、当初の自らの意思(オリンピック級のヨット選手の育成←筆者注)とは異なった方向へ歩み出さざるを得ない結果になったのでした。そして、入校を希望される多くの人々の要望に応えるため昭和52年12月には情緒障害児のための特別合宿というコースを併設したのであります。

  その間、私は私なりに我が国における情緒障害児の実清について、いろいろ調べてみました。(中略)

  私が、自らの調査によって、当時知り得た事実は以上のようなものであり、現に、登校拒否児に代表される多数の情緒障害真相、真実を客観的且つ冷静に究明して戴きたいと願う事は、私1人のみならず、他の被告人に於いても同じであろうと思います。
しかるに10月31日の第1回公判に於ける裁判所側の訴訟指揮上の態度は極めて一方的且つ事務的なものに見受けられ、不満、不信の念を禁ずる事ができません。概して下級審に於ける判決というものは、基本的には“世論”が納得する線でという色彩が濃いと聞き及んでおりますが、“客観報道”という名の下に捜査当局筋の情報と称して、本来、1人1人の人権を大切にするという基本理念を忘れ、その良識や平衡感覚をも疑わざるを得ないマスコミの報道姿勢によって、仮に“世論”なるものが形成されてゆくとするならば、審判を仰ぐ被告人としては、この裁判の流れや結果に、極めて深刻な危機感が抱かれます。

  第2に、捜査段階に於ける当局の、スクールに対する中傷、各コーチに対する誹誇、分断工作は巧妙かつ執拗なものがあり、曰く「今回の事件は無罪を争う事件ではない」「こちらはいつまでかかっても構わないが、お前達が困るだけだ」、曰く「弁護士を個人的につけて、分離でやれ」「保釈もその方が効きやすい」「校長が黙秘しているのでお前達の保釈も長びく、よく考えた方がよいぞ」「校長は給料を支払わず、弁護費用に回しているのはケシカラン」「校長はズルイ男だ、1、000万円以上の収入を得て、弁護費用を出せんとか、給料が出せんというのは非常に腹が立つ」、曰く「某コーチは某コーチのことをこういっているぞ、いろいろ聞いとるぞ」、曰く「スクール自体の持つ暴力体質がこういう事件を起こす」「お前達は皆同じだ」という言葉に象徴されるような予断と偏見に基づく十把ひとからげ的発想のもとに被告人全員が、同じように断罪されうるのではないかという不安を抱かせられながらの5ヶ月以上にわたる取調べが一体どの様なものであるか!
捜査当局の立証というものは基本的にその被告人はあくまでも無罪であるという前提の下に立って、有罪という事を証明しなければならない性質のものであろうと思います。が、明らかに「戸塚つぶし」というシナリオを基に開始されたであろうと推測される当局の捜査方針に対し、何ら抗する術なき被告人の立場を御理解戴きたく思います。

  第3に、強調して申し上げたいことは、情緒障害児教育というものは、今、その現実に直面している当事者でなければ、その問題自体が持つ深刻さも悲惨さも中々理解できにくい側面を持っております。子供の再起と一家の生死を賭け、子供自らが人として再び生命を取り戻す為の非常に深刻な闘いでもあります。
ヨット・スクールは、これら障害児と厳しく対時し、矯正、教育、訓練を行う“現実の場”であります。私達は、春夏秋冬を通じ、24時間の勤務に近い形で全力を尽くしながら、障害児に接してきたつもりです。
確かに一民間会社なるが故に持つ、体制や設備面に関しての問題がなかった訳ではありませんが、問題点は問題点として、少しでも改善してゆく方向に向かって、可能な限りの努力がなされていた事も事実です。
しかし、幾多の問題点を抱えながら1人でも多くの障害児を立ち直らせようと、懸命に取り組んできた私たちの本意とは裏腹に“無謀なリンチ”をする“金もうけ主義の暴力集団”というレッテルを貼られながら、今、被告人という立場で、法定に臨まなければならない無念さというものは、真に筆舌に尽くせないものがあります。なぜ、スクールが存在し、何故世の親がスクールを頼り、我が子を入校さすのか……。
“眼光紙背に徹す”という言葉があります。どうか正しき司法の眼を持って事件の背景に潜む本質を見て頂きたい。本質を見る事なく表象的な体質論や体罰論、狭い法律論の中だけで「暴力集団」という名の下に一刀両断に断罪、抹殺されうる可能性への危惧を抱けば抱く程、特に強調して申し上げる次第です。
又、近代デモクラシー国家に於いては「法律」に関する最終判断と責任を持つものは、裁判官であることは明白です。

  どうか裁判所におかれてはこの事件の社会的背景、及び体質が奈辺にあったかという点についても、十分目を据えた公正な立場で審理されるよう切望する次第であります。


九、おわりに


 私が本稿で展開した論理は至って単純であるから箇条書にして整理できる。


 (1) ホメオスタシス(心身の統合的防御機能)は過度の安逸によって弱化する。

 (2) ホメオスタシスは適度な訓練によって強化できる。


 ここで、もちろん(1)と(2)は〈ホメオスタシスは変化する〉と統合して言いあらわすことができる。

 (3) 〈ホメオスタシス弱化を招く〉過度の安逸限界閾値を越えて増大した生産力を持つ社会のソフト化がもたらす。

 (4) 脳幹域(のホメオスタシス)は「安全に死の恐怖と直面させる」ことで活性化され、意志による克服を繰り返せば(器質的限界の範囲内で)強化される。

 (5) 情緒障害と文明病は本質的に同じもの(脳幹機能低下)である。

 (6) 脳障害も文明病も脳幹域を鍛錬することで治癒できる。

 (7) 脳幹域が十分に強化・活性化された状態が<健康>と呼ばれるものの本態である。

 (8) 脳幹を日常的に訓練するメカニズムを内部に含んだ教育体制が、高度文明社会には不可欠である。

 (9) 情緒障害の実態に無智なマスコミが戸塚ヨットスクールを犯罪者集団に仕立てた。

 (10) マスコミに煽動されて戸塚ヨットスクール潰しに踏み切った検・警察は同スクールの成果を否定するための異常な努力を続けている。



 以上が私の論旨のエッセンスである。(1)〜(8)に間違いがないとしたら、それは控え目にいっても人類の問題である。(8)〜(10)は日本の将来を左右する問題である。

 一介の技術ジャーナリストにすぎない私が、本稿を書かねばならなかったのは、この問題に関心を寄せる人があまりにも少かったからである。私は私の論考に重大な誤りがあってここに記した問題が杞憂であったなら、それは大変結構なことであると思う。

 読者諸氏のご批判を仰ぐ所以である。



〔参考文献〕


▼情緒障害一般

 「講座情緒障害児」(全6巻)黎明書房
 (1)吃音児
 (2)神経性習癖児
 (3)自閉症児、絨黙児
 (4)登校拒否児(村山正治著)
 (5)非行児
 (6)夜尿児
全国情緒障害教育研究会編「情緒障害児の教育」(上・下巻)日本文化科学杜
「新版 情緒障害児の教育」(上・下巻)同前
河野友信「小児の心身症」医歯薬出版
西丸四方「脳と心」(新版)創元医学新書


▼脳幹トレーニング関連

大木幸介「脳と快感」実業之日本社
大木幸介「心の分子メカニズム」紀伊国屋書店
鈴木秀男「臨床薬理学試論」(「試行」No27〜42)
鈴木秀男「気管支喘息論」(「試行」No43〜50)
池見酉次郎「セルフ・コントロールの医学」NHKブックス
長谷川和夫、岩井寛「森田式生活術」ごま書房


▼戸塚ヨットスクール関係

戸塚宏「私が直す!」飛鳥新杜
戸塚宏「私はこの子たちを救いたい」カッパノベルズ 光文社
戸塚宏「孤独の挑戦」ズームブックス 大陸書房
上之郷利昭「スパルタの海」東京新聞出版局
矢野みち子「試練の海にわが子をかけて」たあぶる館
週刊ブックス特別取材班編「戸塚ヨットスクールの全貌」現代書林
上之郷利昭「戸塚ヨットスクール報道に異議あり」(「文藝春秋」1983年11月特別号)
ダン・カイリー「ピーター・バン・シンドローム」小此木啓吾訳 祥伝杜
田原総一郎「セックス・ウォーズ」(「週刊文春」1984年3月8日号より10回連載)


▼その他引用文献

渡辺位編「登校拒否・学校に行かないで生きる」太郎次郎杜
吉本隆明・山本哲士「教育 学校 思想」(対談) 日本工ディタースクール出版部


(資料提供=戸塚ヨットスクール援護会)

(了)